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東京地方裁判所 昭和31年(行)96号 判決

原告 桐ケ久保武郎

被告 東京都知事

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

一、請求の趣旨

(一)  被告が、原告の昭和三十一年二月十三日公衆浴場営業許可願に対して、同年四月三十日に為した不許可処分は、これを取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の申立

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

(事実の主張)

一、請求原因

(一)  原告は被告に対し昭和三十一年二月十三日

設置場所 東京都台東区浅草石浜町一丁目六番地

種類 白湯

一日の利用者予定数 七百人

名称 桐の湯

なる内容の公衆浴場営業許可願を出願したが、被告はこれに対し同年四月三十日「公衆浴場法第二条第三項による「公衆浴場設置場所の配置の基準に関する条例」の規定に基き本件の設置場所は配置の適正を缺く。」という理由によつて不許可処分にし、その頃原告は右不許可処分の通知を受けた。しかしながら、原告はこの処分について不服であつたから、同年六月二十五日厚生大臣に対し右不許可処分取消の訴願をなしたが、昭和三十二年二月二十二日付で右訴願棄却の裁決がなされた。

(二)  しかしながら、被告の右不許可処分は左記理由により違法なものであるからこれが取消しを求める。

(A) 本件浴場設置予定場所は左に述べる理由により公衆浴場設置場所として適当な場所であると共に設置を必要とする場所である。

(イ) 本件浴場出願地を中心とした半経三百メートルの圏内には戦前には

(1) 玉の湯 台東区石浜町二丁目五番地

(2) 亀の湯 同区橋場町二丁目五番地

(3) ゑびす湯 同区石浜町一丁目六番地

(4) 旭湯 同区今戸町三丁目十二番地

(5) 第五金春湯 同区橋場町二丁目七番地

(6) 桐の湯 同区今戸町三丁目七番地

(7) 五色湯 同区清川町三丁目二番地

(8) 初音湯 同区山谷町二丁目二番地

(9) 稲荷湯 同区吉野町三丁目四番地

と九箇所の公衆浴場が存し、現在は右の内(3)乃至(9)の各浴場は廃業し、(1)、(2)、の浴場、及び、戦後新設された平和湯(台東区今戸町三丁目十三番地)の三浴場のみが営業しているに過ぎず、原告出願の本件浴場出願場所は、右(3)ゑびす湯の跡である。かつ台東区の人口は国勢調査によると、

昭和十五年において  四六〇、二五四人

昭和二十五年において 二六二、〇九三人

であつて、右の数字を基にした戦前に対する戦後の人口の比率は〇、五六九であるから、(イ)記載の通り戦前九ケ所の浴場の存した区域においては戦後は五、一二ケ所の浴場を必要とするわけである。かつ、昭和二十五年以後の台東区の世帯数、及び、人口は年々増加しているから、浴場の増設も必要である。

(ロ) 次に浴場利用者数の実際をみると、本件浴場設置予定場所に近接した浴場につき原告が調査した結果は左表の通りである。

浴場名

入浴者数(左側括弧内は調査年月日)

一日平均入浴者数

備考

玉の湯

八七七

(三二・四・一八)

一、一〇七

(三二・五・一八)

九九七

前記(イ)の(1)の浴場

亀の湯

九九六

(三二・四・二六)

一、一二三

(三二・五・一一)

一、〇五九

同(イ)の(2)

平和湯

八二七

(三二・四・二八)

一、〇三三

(三二・五・一六)

九三〇

同(イ)中記載のもの

今戸湯

一、二二四

(三二・四・二九)

一、〇五〇

(三二・五・一七)

一、一三七

台東区浅草今戸町二丁目所在

右四浴場の平均一日入浴者数の合計は四、一一三人にして、これを右四浴場に本件浴場を加えた五で除すると一浴場平均八二二、六人となる。

しかして、本件浴場について被告が調査したところによる利用者予定人数は六一八人であるが、原告が調査した結果は右の通りであつて、この約八二三人の利用者予定数は本件浴場出願場所が適正であることを示している。

(ハ) 更に、本件浴場出願場所が配置上適正なことを裏付ける事実として、右場所を中心とした半経三〇〇メートルの圏内において、被告は(イ)昭和二十四年中に深野由五郎に対し台東区浅草石浜町一丁目二番地における浴場営業を許可し、更に、(ロ)昭和二十五年に請求原因中に記載の平和湯に対し許可を与えているが、右、(イ)(ロ)の各浴場間の距離は一二五メートルにすぎず、かつ、(イ)の深野由五郎は許可を得ながら営業をなしていない。そうしてその後、右圏内においては浴場の新設はないのであるから右深野由五郎の出願に対し許可を与えている以上、原告の本件出願のみが、配置の適正を欠くものとは言い得ないわけである。

(ニ) 本件浴場の利用者は台東区石浜町一丁目、同町二丁目、同区今戸町三丁目、同区橋場町一丁目の区域の居住者であるが、これらの居住者等は浴場の増設を希望し、被告に対してその旨の嘆願書を出している。

(ホ) 右に述べた通り、本件浴場設置予定場所は適正な位置であるのにかかわらず、これを配置の適正を欠くとしてなした本件不許可処分は違法である。

(B) 右(A)に述べた通り、原告出願にかかる本件浴場設置予定場所が適正な位置であるのにかかわらず、被告はこれが、許可不許可を決するに当り、何等実質的な調査を為さず、従つて、確実な資料に基くことなく、又これらの問題に関する被告の諮問機関たる東京都興行場法、旅館業法、公衆浴場法運営協議会の答申に基くこともなく、原告の出願を不許可処分にしたものである。従つて右不許可処分は、その手続において瑕疵がある。

二、請求原因に対する被告の答弁、並びに、主張

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

同(二)の事実中、

(A)の(イ)のうち、五色湯が本件浴場出願場所を中心とした半経三百米の圏内にあるとの点、本件浴場の設置が必要であるとの点は否認し、その余の事実は認める。

(A)の(ロ)のうち、本件浴場について被告が調査した利用者予定人数が六一八人であるとの点は認めるがその余は争う。

(A)の(ハ)のうち、平和湯に対し営業許可を与えた点は認めるが、その余は争う。

(A)の(ニ)(ホ)のうち、原告主張のような嘆願書の出されたことは認めるが、その余は争う。

(B)の主張は全部争う。

(二)  被告の主張、

(1) 公衆浴場法第二条第二項により、行政庁は公衆浴場の設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは公衆浴場の許可を与えないことができる。この規定の趣旨は公衆浴場は多分に公共性を有する施設であるから、その設置が業者の自由にまかせられて、設置の偏在、濫立をきたすことになつては、浴場利用者の浴場までの距離的便、不便の問題に止らず、浴場業者間に無用の競争を生ぜしめ、ひいては浴場料金の統制されている関係もあつて、経営の不合理化を招来し、浴場設備の低下等公衆衛生上悪影響をきたすおそれがあるので、そのような事態の発生を防止するため公衆浴場の適正な配置を保持せしめようとするものである。

(2) そして、公衆浴場設置場所の配置の基準としては、公衆浴場法第二条第三項に基き制定された「公衆浴場設置場所の配置の基準に関する条例」(昭和二十五年東京都条例第七十六号)第二条によると、新設浴場と既設浴場との間の距離は二〇〇メートル以上(特別区及市の地域の場合)を保たなければならないと定めている。ところが原告が出願した本件浴場の場所と附近の既設浴場との距離をみると、

平和湯(請求原因(二)の(A)の(イ)記載の場所)とは一八六・四八メートル

亀の湯(同右)とは一五四・五二メートル

玉の湯(同右)とは一九六・二五メートル

であつて、明らかに前記配置基準に牴触する。

(3) もつとも前記条例第二条但書によれば、土地の状況予想利用者数人口密度等を考慮して、公衆衛生上必要があると認めれば、都知事は前記二〇〇メートルという配置の基準距離に適合しなくても新設浴場の営業許可をすることができるのであるが、右の浴場を新設しなければならないような公衆衛生上の必要性の有無の判断については一般的な基準はなく、相当広範囲において被告の行政技術的裁量に委せられており、従つて、もし、被告において公衆衛生上の必要性の有無の判断を誤つて浴場営業の許可、不許可の処分をしたとしても、その裁量判断が社会概念上甚だしく妥当を欠くものでない限り、それは単に自由裁量の範囲内における当不当の問題にとどまり、処分の違法という問題は生じ得ないわけである。

被告としては、本件浴場出願場所周辺にある前記既設浴場において、原告が主張するような、それらの浴場のみでは浴場利用者を満足に収容できず、かつ、清潔を保ちがたいというような格別な事情は認められず、その他、本件浴場附近の諸般の状況からみて本件出願場所に浴場の新設を特に必要とする公衆衛生上の特別の事由も認められなかつたから、不許可処分にしたものであり、被告のこの処分は正当である。

なお、本件においては、原告のいう「東京都興行業法、旅館業法、及び公衆浴場法運営協議会条例」(昭和二十八年東京都条例第四十三号)第一条の規定に基き設置された右条例の題名と同じ名称の協議会に諮問はしなかつたけれども、本件出願前、これと同一内容の出願が昭和三十二年二月十八日付でなされたとき、右協議会に諮問したのに対し、許可すべきでない旨の答申がなされており、この点よりするも被告の不許可の判断は正当なものである。

仮に、原告が主張するような理由で本件浴場を設置する必要があるとしても、その必要性の程度は公衆衛生上絶対不可欠というほどのものとはいえないから、その必要性を認めなかつた被告の判断は、単に当を得ないということになるとしても、いまだ社会観念上甚だしく妥当性を欠くものとは言えない。従つて、本件不許可処分は被告の裁量の限界を逸したものでないから違法な処分ということはできない。

三、右被告の主張に対する原告の答弁並びに主張、

(一)  被告の主張事実中、原告出願の本件浴場設置予定場所と既設浴場との間の距離は認めるが、その余は全部争う。

(二)  原告としては、公衆浴場設置場所の配置の基準に関する都条例第二条但書によつて、本件浴場設置を許可すべきであること、を主張するものである。請求原因において述べた事由に加えて、台東区の人口密度は昭和三十三年一月一日現在において一平方キロメートル当り三〇、一六二人であつて、東京都内においては第一位の高い密度であり、(なお都内における区別人口密度は第二位荒川区は二五・四五六人、第三位品川区二四、、五四六人、第四位豊島区二四、四一八人、第五位墨田区二二、四八九人)この点よりするも本件浴場設置予定場所附近においては、一浴場を要する区域は小さく、従つて浴場間の距離は短くする必要があるわけである。

(三)  被告が不許可処分をなした事由として主張する事実はいずれも抽象的なものであり、この点、請求原因において述べた如く、被告は本件不許可処分を為すに当り、何ら実際的な調査を為さなかつたのであるから、このような抽象的な理由のみによつて不許可処分を為すことは不当である。

(証拠関係省略)

理由

一、原告が被告に対し昭和三十一年二月十三日設置場所を東京都台東区浅草石浜町一丁目六番地として公衆浴場営業許可を出願したのに対し、被告は同年四月三十日右設置場所は配置の適正を欠くという理由でもつて不許可処分としたことは当事者間に争いない事実である。

二、原告は本件公衆浴場設置予定場所は公衆浴場の配置上適正な場所であるのにかかわらず、被告が前記のような理由で不許可処分にしたことは違法であると主張するので、先づこの点につき判断する。

公衆浴場法第二条第一項の規定によると公衆浴場を営業しようとするものは、都道府県知事の許可を受けることを要し、同条第二項の規定によると知事は公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠くと認めるときは許可を与えないことができるのでありそして同条第三項の規定に基き制定された昭和二十五年東京都条例第七十六号「公衆浴場設置場所の配置の基準に関する条例」第二条の規定によると、公衆浴場の配置基準として新設浴場と既設浴場との距離は特別区の地域では二百メートル以上とすること、但し、土地の状況、構造設備、予想利用者数、人口密度等を考慮して公衆衛生上必要があると知事が認めたときは、右二百メートルの基準に適合しなくても新設浴場の営業を許可することができる旨定められている。ところで、原告の申請した本件浴場設置予定場所から二百メートルの距離内に平和湯外二箇所の既設浴場の存することは当事者間に争いないところであるから、本件浴場設置予定場所が前記条例第二条の浴場間の距離二百メートルという配置基準に適合しない場所であることは明らかである。そこで、本件において問題となるのは、本件浴場設置予定場所が前記東京都条例第二条但書の公衆衛生上必要と認められる場所であるか否かという点であるが、公衆浴場設置場所が同条但書の場所に当るか否かを認定し、公衆浴場営業の許可を与えるか否かは、前記公衆浴場法、東京都条例の諸規定からして、行政庁たる知事が公衆衛生行政の見地から自由な判断に基いてなすべきいわゆる自由裁量処分と解するのが相当である。

従つて知事がその認定を誤つて処分を為したとしても、これが社会観念上著しく妥当を欠くものでない限り、その処分の当不当の問題は生じ得ても、違法の問題は生じる余地はないものといわなければならない。

本件において原告が主張する本件浴場設置予定場所附近の人口密度、戦前戦後における公衆浴場数の比較、等については原告提出援用の各証拠によつては原告主張の通りであることが認められるけれども近隣の既設の公衆浴場入浴者の数については被告提出の乙号各証と対比して原告主張のとおりとは認めがたく法に云う新設の必要性が客観的に存在するのにかゝわらず被告がその必要性を認めなかつたことが社会観念上著しく妥当を欠くものであると認定するには証拠が十分でない。

他に右二百メートルの基準距離内の場所に公衆浴場を許可したところがあるという原告の主張は被告の裁量権の行使の当否をいうにすぎず、それによつて当不当の問題はあるとしても本件不許可処分がそれによつて違法であるといえない。又附近の住民が設置を希望しているという事実は必要性を認定する一資料とはなり得るけれども前記認定の本件ではそのような事実があつたとしても、それをもつて本件処分が著しく妥当性を欠くものということはできないので原告の右各主張も理由ないものと考える。

三、更に、原告は本件処分が何ら実質的な調査に基かずになされたものであるから違法であると主張するのであるが、成立に争いない甲第二号証の一ないし五、乙第五ないし第七号証、乙第八号証の一、二、証人梅沢重作、同高山好夫、同梅田久雄、同奥田営二、同桐ケ久保弘の各証言を綜合すると、原告は昭和三十年二月十八日本件浴場営業許可申請と同様な内容の申請を為したが、同年十月二十八日付で不許可となり、その後本件申請に及んだものであつて、被告としては前の申請に際し所要の調査を為し、諮問機関たる東京都興行業法、旅館業法及び公衆浴場法運営協議会の答申を経て不許可処分としたものであり、本件申請は前申請後一年程の短期間内に為されたものであつたから、前申請の際に調査した結果と現状の相異とを調査した上、前申請当時と設置場所附近の環境に大差はなかつたので、不許可処分と為したものであることを認めることができるのであつて、右認定事実によると、被告においては所要の調査を為した結果本件不許可処分に及んだものというべきであるから、原告の右主張も理由がない。

四、原告提出援用の各証拠によると東京都の各係員の本件許可申請についての取扱方法の点では適正でなかつた点が存することは認められるけれどもそれかといつて本件不許可処分が違法であつて取消すべきものといえない。

その他口頭弁論に提出された全証拠によるも、被告の為した本件不許可処分が自由裁量の限界を越え、社会観念上著しく妥当を欠くものと認めることはできないから、右処分の取消を求める原告の本訴請求はその理由ないものというべきである。よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

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